那田蜘蛛山(なたぐもやま)は実在する場所?モデルになった山や地域はどこらへん?

下弦の伍・累の家族が住む那田蜘蛛山(なたぐもやま)。

この那田蜘蛛山て実在するのか気になりますよね?

場所がどこか分かれば聖地巡礼もいけますし、あの累がどのくらいの大きさの山を治めていたのかも気になるところ。

そこでこの記事では、

那田蜘蛛山が実在するのか、その場所はどこなのかについて調べて書いていきます!

那田蜘蛛山(なたぐもやま)は実在する場所?

結論から言いますと、”那田蜘蛛山(なたぐもやま)は実在していない山”のようです。

検索ワードを変えて調べてもSNSで情報収集しても全く情報がありませんし、

公式でも那田蜘蛛山の場所については一切触れられていません^^;

当然Googleマップで調べても出てこないので、現状では那田蜘蛛山の場所についてはお手上げ状態と言えます。

これだけ有名になった作品の情報が出てこないとなると、ワニ先生の創作した架空の山の可能性が高そう。

 

ただ創作した架空の山でも場所的には東京近郊を想定していると個人的には思いました。

というのも、かまぼこ隊の出身地が全て東京ですし、作中でのかまぼこ隊の活動の範囲も東京近郊だからです。

かまぼこ隊のそれぞれの出身地!

・炭治郎の出身地が東京都西多摩郡にある「雲取山(くもとりやま)」

・伊之助の出身地が東京都西多摩郡檜原村にある「大岳山(おおたけさん)」

・善逸の出身地が「新宿牛込区(※現在の神楽坂付近)」

炭治郎達の作中の移動方法をみる限る基本徒歩ですので、当然出身地から大幅に移動して活動していることは考えづらいですよね。

東京出身の柱も多いですから、那田蜘蛛山だけではなく鬼滅の刃は基本的に東京近郊を舞台にして描かれているのかもしれませんね。

 

那田蜘蛛山(なたぐもやま)のモデルになった山や地域はどこらへん?

実在はしないものの、那田蜘蛛山のモデルになった山はあるのかが気になります。

錆兎と真菰との修行で斬れた岩もモデルがあったと言われてますが、

那田蜘蛛山についてもなにかモデルとして参考にした場所があったのかもしれません。

そして調べまくった結果、蜘蛛に多少関係しているであろう山を見つけました。

 

奈良県にある金剛山(こんごうざん)?

那田蜘蛛山に少しでも関係ありそうだなと思った山は、奈良県御所市高天にある『金剛山』

修行で斬った岩のモデルと言われている場所も奈良県ですし、ここらへんにも共通点がありますね^^

 

そしてその金剛山の東登山口の付近には、

『高天彦神社(たかまひこじんじゃ)』という神社があり、社殿の左脇には”土蜘蛛”を埋めた跡とされる『蜘蛛塚』があるとのこと。

 

またその近くには、土蜘蛛が住処にしていたとされる蜘蛛窟跡があり、蜘蛛と関係のある場所というのが分かります。(マップを少し拡大すると蜘蛛窟が東側に出てきます)

ちょっとこじつけ気味ではありますが、

蜘蛛塚がある登山口を登るとか、那田蜘蛛山っぽい感じがしますよね!

 

地域に残る土蜘蛛伝説

そもそも土蜘蛛とは「その昔、天皇の命に従わなかった日本の先住民族」と考えられており、

穴式住居に住む(土ごもり)生活や、天皇に従わなかった態度を含め「土蜘蛛」という蔑称で読ばれていたようです。

 

またとあるネット記事では、

土蜘蛛と呼ばれる民族は「背が低く手足が長い、頸が太くて力が強い」などの特徴もあり、鬼や土蜘蛛と呼ばれ畏怖されていたとも書いてありました。(その記事を見失いました^^;)

 

鬼滅の刃に関係するか分からない情報かもしれませんが、個人的には土蜘蛛の特徴で、父蜘蛛や兄蜘蛛、首のない鬼を思い浮かべてしまいますね。

生物としての蜘蛛とはそもそも関係なく、普通に人間だったことを考えると、鬼滅の刃の鬼たちのように切ない部分を感じずにはいられません。

 

那田蜘蛛山(なたぐもやま)のモデルになった場所の位置についてのまとめ

鬼滅の刃で登場する那田蜘蛛山は残念ながら存在しません。

公式でも触れていないことや、ネット記事が全く無いことなどを踏まえると、ワニ先生の創作した架空の山の可能性が高そう。

架空とはいえ、かまぼこ隊の活動範囲をみるとおそらく東京近郊の山をイメージしていそうです。

 

全然確証はありませんが、

日本書紀や古事記に登場する土蜘蛛が関係する金剛山などがモデルになっている可能性も多少あるかもしれません。

無限城を操る鳴女(なきめ)の名前も「古事記や日本書紀の神話から名付けているのでは?」と噂されていますので、那田蜘蛛山のモデルも古事記や日本書紀に関係している可能性はありそうです。

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